2006年01月17日

ブラジルへの旅   5

エレベーターを降りると、ロビーに眼鏡をかけた東洋人の顔がありました。
「はじめまして、ふるたてです」と話しかけると、「おぉ〜どーもどーも」
しかし、息が切れ何やら走ってきたかのようです。

「ちょっと、、、休ませてね、いや〜もう大渋滞でね!この辺工事してるでしょ?ほら、そこの通り。
 それでね、急いできたもんだから、、、ははは!何か飲み物、、、あっ、このコーヒーいいんだね、ゴクリゴクリ、
 プッハーっ!いやーそれでね、ちょっと電話しなくちゃいけないんだけども、携帯電話のね電池がなくなったんだよ!
 まったくね、充電してきたばかりなんだけど、、、部屋は何階?ちょっとね、行きましょ!
 と、もう一杯コーヒー、、、プッハーっ!いやいや行きましょ行きましょ!」


お、お、お‥。すさまじいハイペースですぞ。本当にお世話になったTomoshigeさんとの出会いは、このようなものでした。
北海道夕張出身の世界的な芸術家であり、人望の厚い方です。
今晩は友人の美術書出版記念パーティーが近くでやっているので、そこに出席するとのこと。
僕も連れていってくれる事に。


夜のサンパウロを初めて歩きます。
多くの屋台(とうきびなんかもある)、人、人、人、鳴り止まぬクラクション、アヤシい人達。
少し歩くと必ず聞こえてくる音楽。ライブも、そこかしこでやっています。
tomoshigeさんの車まで行くと、金をくれと来る若者。路駐してる車を見ててやったんだという主張ですね。
金渡さないと車壊されたりするとか。カーオーディオも取り外して、車を離れる度に持ち歩くのです。

車で出発、、、!ブラジルの交通はすごい。信じられないスピードと距離感で皆運転している。
さすがセナの国だね。


パーティーに着くと、どこでもそうですが門番がいるんですね。顔パスなり書状持ってないと入れないんです。
僕は付き添いだからtomoshigeさん同様に顔パスで、、、おーすげー沢山の人達!
大音量の音楽と、映像と、食事とお酒と。芸術家の集まりです。
バーテンダーも居て、僕はウイスキーを飲む。多くの人たちがかまってくれる。良い雰囲気だ。

僕はミュージシャンだということを言うと、みんなノってくれます。
「あれは聴いた方がいいよ、これ知ってる?こーゆーのもあるんだよ、、、」音楽好きなんだよねぇ、みんな。


小一時間程して、会場を出ました。ブチュブチュイチャイチャカップルだらけの道を通り画材屋へ行き、
tomoshigeさんが文句を言いに行き、これぞあっけにとられた顔という素晴らしい表情を見せてくれた画廊、
かます定食やレバー等めちゃんこ美味しい和食屋、夫婦で踊りながら迎えてくれた友人画家のお宅、
ドラマーと僕がsukiyakiセッションしたアートスペース。色んなとこ連れて行ってくれました。
そして、良い出会いとなった方々が沢山いました。


深夜にホテル近くまで送ってもらい、それから歩くと、前方になにやら怒り狂う女が、、、。
路上で瓶を叩き割りながら泣きわめいていました。ヒエー!
なるたけの早歩きでそこを通り抜け、ラジカセで踊っている若者の横を抜け、ホテルへ。
はぁ、無事着いたか‥。


うーむ、濃い一日だった。しかしtomoshigeさんに連れて行ってもらって良かったなぁ。
しかし体調も良いとは言えないしなぁ、明日はゆっくりすごそうか、、、と、半分寝たり起きたり。


翌朝日本へ電話をしてから、市内観光へ。日本人街があるリベルダージへ。
僕が旅行している間に、橋田大先生のドラマをN◯Kでやってたそうですが、その内容の通り日本からの移民が多いんですね。
かつては60日間かけて日伯間を船旅したんだとか。
農業技術を筆頭に、様々な分野で日本の力が生かされています。


と、移民史料館やその辺りを散策して、はやめに切り上げ、ホテルで休もうとしていました。
謎のじんましんが体中にでてね、食い物と疲れかなぁ。
横になって、目を閉じました。
テレビは小さい音でサッカー番組つけながら‥。ゴ〜〜〜〜〜ル!
そうかぁ‥万国共通ゴールの実況はケタタマしいものなのねぇ‥むにゃむにゃ‥。


眠りにつきそうな瞬間、電話が鳴りました。



/////次号へ続く/////


(サンパウロ  リベルダージ)
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posted by けんずぃー at 12:19| Comment(2) | ブラジルへの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

ブラジルへの旅   4

サンパウロへ向かう日の朝、僕はMDを聴きました。普段聴いてる音を持っていったんです。
カーテンを開けると快晴で、遠くにはコルコバードのキリスト像も見えます。
MD聴きながら外見てると、あまり思い出す事のない昔の記憶がフラッシュバックしましてねぇ、不思議ですね。


ブラジル国内線はサントスドゥモンという空港から発着。市内からすぐです。
ブラジル人女性と結婚したイタリーのタクシードライバーが楽しく話してくれながら空港へ。


お金なかったんで、教えてもらったATMでおろそうとしたら、、、。???このカードは使えませんと?
どれもだめ。空港の銀行係員に尋ねると、今度は英語ぜんぜんしゃべらん人で‥。
でも親切でねぇ、身振り手振りで教えてくれようとするの。
ポルトガル語本を二人でまわしながら、結局カードは使えないという事だけわかりました。
おーぅ、もう予想外の事ばかり起きるね。こうなりゃトラブルを楽しむしかないという心境に至りました。


飛行機までは歩いて行くの。なんか新鮮ですわ。
んで、操縦がいい感じにアラい!滑走路/駐機場間のスピードがはやいの(笑)
でも向こうで話を聞くと、ブラジルは概してパイロットの腕が良いそうです。
管制官を頼りすぎて事故起こす事がないんだって。危ないと思った時は自分の判断を優先するんだとか。

空からはめちゃくちゃキレイな海景色。窓際で良かった。
飛行機も「見ろよ、この海!最高だろ?」ってな操縦をしてくれました。ウィーンって旋回するの。


最高だぜベイベー!また来るよベイベー!


サンパウロでも数日間はホテルとってまして、ホテルに入り一枚の名刺を取り出しました。
直接の面識はない人ですが、名刺だけもらっていたんです。画家さんだとか。名誉教授って書いてるぞ?
この方が僕の旅を信じられないものにしてくれました。


電話をすると、海外にお住まいの方特有の日本語なまりで「よく来たね〜」と。
「30分後にでれるよう準備して」とのこと。


やっと頼れる綱を見つけ、僕は一人鏡に向かって笑った。かなり良い笑顔だ。
準備してもう一度電話すると、二時間後位にこちらに着くと。
よし、それじゃ街を歩くかー。と付近を歩くとなんだかピンク街があるな(笑)
あやすぃーおねぇちゃんが辺りを歩いておりました。
後から聞いた話だけど、このおねぇちゃん達、ホントの中身は男が多いそうで‥。
キレイすぎて、男ってバレないみたいね。


そして二時間半後にもう一度電話すると「これからシャワーして出る」と(笑)
さすがブラジリアン!ね!


疲れていたのか、気づいたら寝ていました。
電話が鳴り、目を覚まし、あわてて受話器を取るとフロントから「あなたの友人がいらしてます」と。
夜の7時半頃、用意をしてエレベーターで下へ。
初対面です。




/////次号へ続く/////

(サンパウロ)ホテル付近   ヘプブリカ広場
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posted by けんずぃー at 12:40| Comment(2) | ブラジルへの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

ブラジルへの旅   3

コ〜パ、コパカバ〜ナ♪海岸から歩いて10分くらいの場所にホテルを予約していたんです。
ホテルに入るとフロントがポルトガル語で「はにゃほにゃ?」と聞いてきましたが、お〜ぅ、わからねーぜ!
ポルトガル語本を出そうとすると、Can you speak English??と尋ねてきました。
日本でなら「いや〜わしは日本語しかしゃべれんけんね!」と言うところですが、ここで
しゃべれないなんて言ったら、わしゃどうすることもできん!と判断して、English? Ok!! My native Language!!と。


とにかく疲労とショックではやく休みたかったんです。
案内してもらい、初のチップを払い、部屋へ。
後からわかったら、払ったチップは普通の10倍以上!
細かいのなかったためですが、ボーイが悪人だったら、つけこまれただろうなぁ‥。


部屋はキレイでした。でも一面真っ赤(笑) 濃いねぇー。
昼の一時半頃着いたんで、日本は夜中の一時半。もしかしたら電話つながるかなと、国際電話と格闘です。
20分後にようやくやり方がわかり、つながりました。
日本とブラジルは地球の正反対。でも、声は近く、色々聞いてもらえるとホッとしまくった。
わずか一日半でのすごいショックにホロっと涙もこぼれました。(日本男児もなくのじゃ!)


いやーいかんいかん、俺は泣くためにブラジル来てるんじゃない。しかし、一人で初めての事づくし。
「はじめてのおつかい」ってのは、こういう心境なのかと理解しました(笑)
ストレスがすごかったんでしょうね。
今考えると、泣くこたぁねーだろ1と思うんですが、弱っていたんです。


まだ水に触れたくない。トイレからは水がもれている。とにかくベッドで眠りました。計15時間位。


朝の五時頃起き、初めて水を口に含み歯みがき。意外にヒドい水じゃないな。
シャワーも。ブラジルの水道は泥水だ、というヒドい情報を得ていたのでビビってましたが、ありゃウソです。
朝食に行き、恐るおそる食べ物飲み物を口へ。オレンジジュース激ウマ!!やはり珈琲もうまい。
それまでなーんも口にしてなかったので、喉カラカラだったんす。


そして用意をして海辺へ。水を買って飲みながら海を眺めました。
あいにくの曇り空だったんで、奇麗なビキニねーちゃんを拝見する事はできませんでしたが‥残念!
まっ、あとから見られるんだけどね、ウッシッシ!!(エロおやじ化)


スーパーへ行きチョコ、水、ラランジャ(オレンジ)、新聞を買いレストランへ。
すげー陽気な店員バルテがカタカナを知っていて(すごいね)、やたら楽しくさせてくれたのです。
エビとライスの何かこんもりした皿を食べ、ガラナを飲み、満足極まりない!

午後は観光でコルコバードの丘や宝石店に行きました。
日本人がホテルに泊まると連絡行くらしく、無料送迎で宝石店行けるんですよ。
もちろん買う気ないんだけど、「へぇ〜キレイなもんですねぇ。欲しくなりますねぇ」と日本人ブリを発揮してしまった!
珈琲をたらふくごちそうになって、日本人の店員さんと話して帰りました。


翌日はもうサンパウロへ移動するんで、夜はホテルで。
この夜の夢はお好み焼き食べる夢だったのです(笑)
俺日本人なのね。



/////次号に続く/////
posted by けんずぃー at 10:28| Comment(6) | ブラジルへの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

ブラジルへの旅   2

飛行機はスイスイと飛び続け、機内の画面でアマゾンの上空だという事を知ると、
とうとうやって来た実感がこみ上げました。ここで落ちたらピラニアの餌か‥。

まずはサンパウロに着。隣の女の子とはここでチャオ!
今度会う時は、僕もヒップホップの話できるよーになってるぜ!yo!yo!yo!
機内から降りる事無く、リオ行きを待ちます。
リオとサンパウロは飛行機で一時間位。

は〜じ〜ま〜り〜はいつも雨〜♪ってことで、雨でした。
リオへの着陸態勢に入ると、もう町の様子が少し見られます。


眼に入ったのは美しい海岸ではなく、大きな炎をあげる煙突、赤茶けたマチ。


そして降り立ってみると、えっ?これ国際空港?
静かな入国審査場。古びた施設。
両替がゲートの前にあるんですが、何?大丈夫なのかな?
ブラジルって、こんなにも違うのかと思います。
(これね、後でわかりましたがその空港では、降り立ってゲートまでがボロっちいだけだったのです。
全体的には大きくキレイな空港です。通称A.C.Jobim空港)

そしてMさんとゲートを出ると、多色混合大人数がひっきりなしに僕らのもとへ来ます。
「両替は?タクシーは?#$%&#$%&?????」「オレはオフィシャルの案内人だ、信用しろ」
「行く所は決まってるのか?こっちのタクシーにのれ」「ここの両替がレートいいんだぜ」
「ネットは?」「どこから来た?」

お、おっ、すげぇなこりゃ‥。Mさんがno no と最初から断り続けてくれたので、僕もそうする事を覚えました。
日本人、カモです。
初めバスで移動しようと考えていたのですが、全く訳わからず、ゲート後の両替はますますあやしいし、、。
もう、すでに大きなショックを受けています。僕の中の危機ブザーが鳴り響きます。

しかし中には、英語を話す親切な男がいて(始終すごい笑顔)、HA!HA!HA! アミーゴ元気でな!となごませてくれる人もいました。



結局Mさんの友人ハファら四人が迎えに来て、ホテルまで同乗させてもらえる事に。あぁ〜救われた、、、。


ハファに教えてもらい、まずはお金をってことで空港内のATMに行きますが、一台目ではカードが何故か使えない‥。???えっ?
二台目違う会社のATMでようやく英語モードになるが、何度も「peee!!」と受け付けてくれない。
お金のおろし方さえわからない‥。ガーン!
最終的には少しおろせて、車へ。

初のリオのまちをドライブ、、、と思ったら!うおー!なんじゃこのスピードはー!
すさまじい車線変更と車間距離。よく事故ないね(と思ったら国内、事故は多いそうです)
そして眼に飛び込むのはスラム街。上空から見えた赤茶けた色はスラム街の色でした。

ハファは沢山案内しながら運転してくれましたが、僕はショックを受けマトモに受け答えできなかったです。
人間、街の様子、車、雨、匂い、騒音。全てがあまりに違う世界だ。

ホテル近くで降ろしてもらい、Mさんと写真を撮った。
Mさん、本当にありがとうございました!
(もし御覧でしたらkendikun@hotmail.comまでメールください)
たぶん一緒にいたのは計二日間もなかったのですが、生涯忘れられぬ人です(というと重いネ‥)


ホテルまでの短い道のり。雨にうたれ、荷物を気にして歩く。
僕は恐怖にも似た気持ちを抱いていました。
そしてヒューストンで食べたフォーチュンクッキーの言葉を反芻したのです。

(your luck will be change today,,,)

良い方向に変わる事を信じながら、心の中心には大きな不安がうごめいていました。



/////次号に続く/////


posted by けんずぃー at 02:58| Comment(2) | ブラジルへの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

いよいよ暴露!ブラジルへの旅  1

新潟へ進学したのがもう7,8年前ですが、学校の書店で、ブラジルの「地球のある◯方」買ったんです。
やはり興味を持ったきっかけは音楽でして。なんせねぇ、強烈なミュージシャン多すぎるんですよね。
強烈さが顕著なのは、リズムとタイム感。そして、ハーモニーもねぇ、わけわからんのでした。
しかしわけわからないので、知りたくなったんです。それらを生み出してる土地を。

ところがねぇ、当時どっからか得た情報で「旅費は片道40万円」ってのがありましてねぇ‥。こりゃ駄目だ!になってしまったんです。
もっと調べたら良かったのかもなぁ。実際、安い時期ならば「往復13万円」くらいですわ。



でね、行こうという気持ちは隅に追いやってですね、モーレツに四年間学業に勤しんでいたのじゃ!!(ウソ)
数年後、学業に対する真面目な僕の姿勢がかわれて、旅費全額免除でブラジルへの奨学の話がきました(ウソ)

周囲の友人からは「ブラジルぅってぇぇ、ちょぉ〜治安悪いらすぃじゃぁ〜ん?」「アマゾンとかぁ〜、蚊とかぁ〜、ありえな〜い」
「未知の病気もってこないでね」「UFOにさらわれないでね」
「もう帰ってこないのね、あなた‥」「おいどんも、付いて行くでごわす!」

心温まる激励の言葉を頂きました(一部ホント)



まぁとにもかくにも、2005年9月。ブラジルへ行く機会を持てたわけです。本当に僕の友人知人、沢山の人のお陰でございます。ありがとう!
全てグッドタイミングだったのです。
みんなに壮行会もやってもらってねぇ。楽しかったなぁ。もう一回どっか行くかな(笑)

準備手続きは結構時間かかるものなのね。ちょっと医者をだまして予防接種うってもらったりね(笑)
「だいたいよ〜アタマかてぇんだよ!クソッタレ!」という悪態をついた僕がコンマ一秒、居ました。
だってねぇ‥、まぁいいか。そのお医者様も大変なんだ。



九月半頃に、成田からひこーきーでぇ、ブラジルへ〜♪
機内では、左隣に日本でも活躍されてるベーシストが座り(lucky!!)右隣には研究者でナイスガイの日本人が座り(これまたlucky)、興味深い話を聞かせてもらえました。
この日本の方Mさんがとても親切で、この方がいなかったら僕は速攻倒れてしまっていたのではないだろうか!
出会いだねぇ〜。

ヒューストンで荷物検査をされるが、鋭い蛇眼をもつ保安官のなまり英語全くわかりませ〜ん!
僕はカエルとなって固まってしまった。kero ke-ro??
しかしMさんになんや教えてもらって、ようやく通過。はぁ〜、関門突破。
入国審査でもひっかかりました。「アナタノカオ、アヤシイデース!」
どこかへ連れていかれそうになりましたが、何とか通過。
やっとこさ、ご飯を食べビールを飲み、リラックス!しかし、ながーい待ち時間。計33時間位かかりましたからね。




夜に出発。今度は隣にブラジル人のかわいい女の子が一緒でした。
よし!きた!これは会話のチャンスやな!と思って本を出し、必死にポルトガル語を話してみますが、、、通じない‥。ガーン。
いや、音楽の話題なら俺だって!カエターノだって、ジョビンだって知ってるぜ!

どういう音楽が好き?と尋ねると、、、女「ヒップホップが一番!ハードロックも好きね。%&#$%&?'()&?,,,,,,??????」
男「オーケーオーケー、オブリガード!!」俺、そのジャンルあんま知らない、、、。
男「ボサノーヴァとかは好きじゃないの?ほら、ジョビンとかさぁ‥」
女(顔をしかめて)「うん、嫌い」
 

日本男児けんずぃー敗れました‥。「コノオトコ、オモシロクアリマセンネー」と女の子は寝てしまった。
はぁー悲しい‥。異文化コミュニケーション難しいアルネ。


/////次号へつづく/////


posted by けんずぃー at 11:44| Comment(0) | ブラジルへの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする